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着物と行事・織物・染物

みなさんこんにちは。お元気ですか。お変わりないですか。
着物は日本の伝統的な衣装で、織物や染物がその美しさと多様性を生み出しています。今回は、着物と行事、織物、染物をテーマにご紹介してまいります。



◆着物と行事
着物は日本の伝統文化を象徴する衣装です。多くの行事や儀式で特別な意味を持っています。その中でも代表的な着物と行事についてご紹介します。




【成人式】
成人式は、20歳を迎えた若者たちが成人としての自覚を持つことを祝う日本の伝統的な行事です。


成人式では一般的に女性は振袖、男性は袴を着ます。
振袖は、袖が長く約1メートル以上の長さがあります。袖の長さは未婚女性を意味します。振袖には色とりどりの生地や刺繍、柄が施され、花柄や伝統的な模様があります。
成人式は、成人としての新たな一歩を踏み出す大切な日です。振袖を着ることで、日本の伝統文化を体験し、特別な思い出を作ることができます。


【お宮参り・七五三】
お宮参りと七五三は子どもたちの成長を祝う行事です。


・お宮参り
お宮参りでは、赤ちゃんには祝い着(お宮参り用の着物)が着せられます。刺繍や模様が施された華やかなデザインが特徴です。
赤ちゃんが無事に生まれたことを祝い、健康と成長を祈願する意味があります。

・七五三
3歳の女の子は、華やかな着物を着ます。この年齢では、着物を着ることが初めての子どもも多く、かわいらしい柄や色使いが特徴です。
通常、帯は結び帯やリボンのように可愛く結ばれます。
7歳の女の子は、より本格的な着物を着用します。引き振袖や色打掛など、成人式に近いスタイルです。
男の子は、袴姿が一般的です。袴は、着物の上に履くズボンのような衣装で、色や柄は様々です。


【結婚式】


結婚式では白無垢や色打掛、引き振袖などの特別な着物を着用します。
白無垢は全てで、純粋さや白は何も染まっていない色で、これから新たな生活を始める意志を表しています。新郎も羽織(はおり)、袴(はかま)の伝統的な衣装を着用します。和装には、厄除けや幸福を祈願する意味も込められています。色や模様が吉兆とされ、それを身に着けることで幸運を呼び寄せると信じられています。


【訪問着】


訪問着(ほうもんぎ)は、日本の伝統的な着物の一種です。
訪問着は、色や柄が豊富で、華やかな模様が施されています。柄は、上半身から裾にかけて連続して描かれることが多く、華やかさと美しさがあります。
季節に応じた花や風景など、さまざまなデザインがあります。訪問着は、結婚式や成人式、茶道の席、法事、食事会など、正式な場面に適している、フォーマルな着物です。


【浴衣(ゆかた)】


ゆかたは、日本の伝統的な軽装で、特に夏の季節に着る着物です。
浴衣は当初は風呂上がりに着る軽装として始まりましたが、現在は夏の祭りや花火大会、旅行などで多くの人が浴衣を着て楽しみます。 浴衣は綿や麻などの軽い素材で作られています。通気性が良く、汗を吸収するため、夏の暑い季節に適しています。さまざまな色や柄があり、特に花や風景、幾何学模様などが人気です。
行事に着物を着ることで伝統を感じ、美しさを享受し、行事の魅力を一層高めることができます。自分自身の独自性を表現し、特別な思い出を作ることができます。



◆織物と染物
織物(おりもの)は、糸を機(はた)を使って布を作る技法です。縦糸と横糸を交互に組み合わせて作られ、さまざまな素材(綿、麻、絹など)や技法があります。
手織りと機械織りがあり、それぞれに独自の魅力があります。


染物(そめもの)は、布や糸に色を付ける技法や製品のことです。植物や化学染料を使って、布や糸に色を染み込ませます。
様々な技法で模様や色合いを表現することができます。主に綿や麻、絹などが使われます。


【織物】

◆西陣織 Nishijin’ori


西陣織(にしじんおり)は、京都府京都市の北西部で作られる高級絹織物です。この地域の織屋が製造する織物を西陣織といいます。
西陣織は伝統工芸品として文化財に指定されていて、現在は12種類の品種が指定されています。製造工程は織屋によって異なりますが、伝統的な技法が受け継がれています。西陣織は日本三大織物の一つでもあります。

・西陣織12種類の品種
1 綴(つづれ)2, 経錦(たてにしき)3, 緯錦(ぬきにしき)4, 緞子(どんす) 5, 朱珍(しゅちん)6, 紹巴(しょうは)7, 風通(ふうつう)8, 綟り織(もじりおり)9, 本しぼ織り(ほんしぼおり)10, ビロード 11, 絣織(かすりおり) 12, 紬(つむぎ) 西陣織はさまざまな品種が指定されています。
紀元前エジプト王朝からのもの、古来中国やインドから伝わったもの、これらの品種はそれぞれ独自の技術とデザインを持ち、西陣織の多様性を支えています。



・西陣織の歴史
西陣織の起源は古墳時代(3世紀〜6世紀)にさかのぼり、この時期から織物技術が発展していきました。
平安時代には、京都が政治と文化の中心地となり、織物技術も洗練されていきます。皇族や貴族のために高級な絹織物が求められるようになりました。

その後、応仁の乱の内戦の影響で、多くの職人が京都の西陣地区に集まり、織物産業が発展し、ここで「西陣織」という名称が定まりました。

江戸時代には、商業が盛んになり、西陣織は広く普及します。この時期、織物の品質とデザインが向上し、振袖や訪問着、礼服に使われる高級品として人気を博します。
江戸時代後半、世の中の不安定さから人気の勢いを失いますが 、伝統技術を守る努力を続けながら、工業化や文明の流れを取り入れていきます。
その結果、西陣織は、近代化に成功し国際的な評価も受けるようになりました。西陣織は高級着物としての需要が高まりました。

現在、その技術やデザインが保護され、若い職人やデザイナーたちが新たなアプローチを試み、西陣織を現代のライフスタイルに合わせた商品に展開しています。



西陣地区には、織物工房やギャラリーがあり、見学や体験をすることができます。訪れる人々に伝統的な技術と美しさを実感させてくれます。
西陣織は、古代から現代に至るまで、文化や技術の変遷を経て発展してきた日本の伝統織物です。深い歴史と独自の技術があり、美しい織物の背後には、職人の情熱と伝統が息づいています。



◆博多織 Hakataori


博多織は福岡県と佐賀県で生産されている絹織物で西陣織・桐生織と並ぶ日本三大織物の一つです。歴史は、古く鎌倉時代から現代に至るまでの約800年にわたります。

博多織は、多数の経糸に太い緯糸を打ち込んで作られる絹織物で、鎌倉時代、博多商人の満田彌三右衛門が宋へ渡り、そこで習得した織物技術を持ち帰ったことが博多織の起源と伝わります。この時期に、博多が商業の中心地として栄え、織物産業も発展しました。その後、博多織は贈答品や高級衣料としての地位を確立し、特に武士階級の間で人気を博しました。

 

・技術の継承
博多織は、長い歴史の中で受け継がれた職人の技術によって支えられています。制作には手間を要し、一本の帯を作るのに1mm未満の糸を10,000本以上使用し、数ヶ月から半年かかることもあり、製作に対する職人の情熱とこだわりが表れています。

・高品質な素材
京都の西陣、群馬県の桐生、福岡県の博多、これらが帯の三大産地と呼ばれます。
博多織は高品質な絹糸を使用しているため、触れたときの感触も心地よく、滑らかさや光沢感が魅力です。また、製法により、しなやかさと丈夫さを兼ね備えているため、帯として高い評価を受けています。生地に張りがあり、締めると緩まないため、武士の時代は刀を腰に差す際に使用されてたと伝わります。


博多織の模様は、格子模様や縞模様が一般的で、シンプルながらも美しさがあります。色合いも落ち着きがあり、エレガントな柄は様々なシーンで用いられます。
江戸時代に黒田長政によって幕府への献上品として用いられたことから「献上柄」、独鈷(とっこ)、華皿(はなざら)の柄は博多織の代表的なデザインとして広く知られるようになりました。

現在、博多織は新しいデザインや技術を取り入れ、国際的にも評価され1976年に国の伝統的工芸品に指定されました。
博多織は地域の職人たちによって技術が受け継がれ、工房や体験教室も多く、観光資源としての役割を果たしています。長い歴史を持つ日本の伝統的な織物として博多織は今なお輝きを放っています。



◆大島紬 Ōshimatsumugi


大島紬は鹿児島県、奄美群島の織物です。
「本場大島紬」として伝統工芸品に指定されています。また、フランスの「ゴブラン織」、イランの「ペルシャ絨毯」と並び世界三大織物の一つです。

・泥染めから生まれる美しい大島紬
大島紬は泥で染められた織物で、奄美大島だけで行われている世界唯一の天然染色方法です。
自然由来の色彩、土の成分から生まれる色は、深みと温かみを持ちます。織り方には「絣(かすり)」技法が使われ、色糸を使って模様を織り込むことで、独特の美しさを生み出しています。
大島紬は軽くて、しわになりにくく、独特の光沢を持ち着用することで美しさが際立ちます。光の当たり具合によって表情が変わり、特別な場面にふさわしい高級感を演出します。

・耐久性と長寿命
生地を作り上げるのに半年から1年の時間を要し、30以上の工程をへて丁寧に織られた大島紬は、耐久性が高く、劣化しにくい特性があります。
適切にケアを行えば、数十年にわたって使用できるため代々受け継がれると言われています。大島紬自体は高価ですが、耐久性や、軽い汚れは手洗いで簡単に落とせるため、日常使いにも用いられてきました。



・大島紬の歴史
大島紬は、奄美大島の豊かな自然環境や文化的背景と深く結びついています。古代の島民が島内で栽培された自然素材を用いて染織を行っていたと伝わります。
大島紬の起源は定かではありませんが、養蚕の適地だった奄美大島では、絹織物が盛んに作られていたようです。

1609年、江戸時代初期、奄美大島は物産が豊富だったため、薩摩藩直轄の蔵入地として管理されます。植物染料で染めた無地や縞柄の織物が作られ、大島紬の原型が形成されていきます。

江戸時代中期、泥染めの美しい大島紬は高級織物として珍重されるようになります。
大島紬は薩摩藩の上納品と定められ、1720年「絹布着用禁止令」が出され、奄美大島では、一般島民の絹着用を禁止する厳しい規制が敷かれます。
日常着は「芭蕉」「木綿」のみとなり、染料も制限がかかります。その中で島民は手紡ぎの糸を使い、原始的な手法で、大島紬独特の技術を守り続けたのです。

その後、明治6年に奄美大島は薩摩藩の支配から解放され、本格的な大島紬の生産が行われるようになります。
伝統的な「地機」が改良され生産性が向上し、 大島紬は多様なデザインが生まれ、魅力を増します。



現代では、自然素材を用いた製品として環境への配慮が評価され、持続可能なファッションとして注目されています。大島紬は、歴史を通じて、自然の恵みと人々の技術が融合した美しい絹織物として発展してきました。時代の変化とともにその魅力が増し、今でも多くの人々に愛されています。



【染物】

◆藍染 Aizome


・世界最古の染物
藍染の歴史は古く、縄文時代の遺跡から出土した藍染めの織物の発見がされ、世界最古の染物と伝わります。
藍染は植物から抽出した染料を使用する染色技術で、世界中のさまざまな文化で長い歴史を持っています。日本一の藍染の産地は徳島県です。

藍染は、奈良時代に伝わりました。貴族や貴族階級の間で人気を博し、雅な文化と結びつきます。宮廷や寺院でも使用され、高級品として扱われました。
その後、武士階級の間で藍染が普及し、戦国時代には軍装や武士の衣装にも使用されるようになります。江戸時代には、庶民の間でも広まり、藍染の技術が発展し、衣類から日用品など様々なデザインの藍染製品が生まれました。

その後、藍染は一時的に衰退しましたが、伝統的な技術や文化を重んじる動きが復活し、再び注目されるようになりました。
戦後の日本では、伝統工芸としての価値が見直され、現代のアーティストやデザイナーによって新たな表現方法が広がっています。



・藍染のプロセス
藍染の原料は、地域によって異なりますが、日本では「タデアイ」という植物から藍染を作る方法が伝わっています。
藍染のプロセスは、藍の葉を水と混ぜて発酵させ、特有の青色を生成します。その染料を生地に浸透させるというものです。この技術は、特有の青色を生成するために、反応する空気や酸素を利用します。

・世界から絶賛されている「ジャパンブルー」
美しい青色の藍染は日本の青「ジャパンブルー」と呼ばれ世界から絶賛されています。藍染の最大の特徴は、深い青色です。
藍染で使用されるインディゴ染料は、とても美しい色合いを持っています。使用することで風合いや色合いが変化する特性があります。色が少しずつ変わり、味わい深い印象を与えてくれます。 藍染は、布地を何度も染める「重ね染め」が可能なため、濃淡のある美しい模様を作り出すことができます。そして、どんな生地にも染まりやすいという特徴があります。特に木綿は染まりやすく、人々の衣類に多く使用されてきました。

また、藍染は、殺菌効果があり自然素材のため肌に優しいという特徴があり、敏感肌の人に向いています。虫よけにもなるそうです。



・武士が愛用した藍染
鎌倉時代以降、濃紺の藍染色は「褐色・勝色」と呼ばれ、武士に好まれました。武士は「かちん色」として、勝利に通じるとして好んで身に付け、武士の色として広まりました。また、藍染は傷の化膿を防ぐ殺菌効果や止血効果があることから現在でも、剣道着などの武道の稽古着や袴に藍染が施されているそうです。
 
現在、藍染は、日本の伝統工芸として多くの職人によって受け継がれています。藍染の製品は幅広い分野で人気があります。


◆鉸り染め Shiborizome


しぼり染めとは、日本の伝統的な染色技法の一つで、代表的な産地として京都、名古屋があります。
しぼり染めは布地に模様をつけるために特定の部分を糸でくくる、縫い締める、板ではさむなどの方法で結んだりする技法があります。
この技法は、布が染まる部分と染まらない部分を作り出すことで、独特の模様やデザインを生み出します。
しぼり染は、とても手間のかかる作業で完成までに数年かかることもあります。肌触りもよく軽やかで美しい風合いがある染物です。



・絞り染めの歴史
絞り染めの起源は古代インドに遡ると伝わります。日本には、紀元前7世紀頃に伝わり奈良時代にはさまざまな柄が生まれました。
江戸時代になると、さらに染色技術が発達し多くの技法が生まれ一般庶民の間でも絞り染めが広まりました。この時期、染物は日常生活で欠かせないものとなっていきました。 現在、鉸染めは100近い技法があります。

・鉸染めの種類
しぼり染めには、多くの種類がありますが、いくつかご紹介します。
【鹿の子絞】鉸染めの中でも代表的なのが鹿の子絞りです。布をつまみ、絹糸で巻いて小さな粒状に絞り、絞り目を一つずつ連ねていきます。
この白い粒が子鹿の斑点に似ていることから、鹿の子絞という名前が付けられました。
【本疋田絞り】 生地を細かく絞り、疋田(ひきだ)模様を作る技法です。細かな点状の模様が特徴です。絞り方が細かいため、複雑で繊細な模様が出来上がります。
【人目絞り】一定の間隔で結び目を作り、人目模様を生み出します。
繰り返しの模様が均一に配置され、規則的なデザインが特徴です。シンプルでありながら、洗練された印象を与えます。
【日の出絞り】 太陽が昇る様子を模した模様を作る技法です。 放射状に広がる模様が特徴で、元気や活力を感じさせるデザインになります。



現在、絞り染めは伝統工芸としてだけでなく、アートやファッションの分野でも注目されています。
鉸染めの色合いは、温かみがあり、見る人に安心感を与えてくれます。柔らかな色彩が、心地よい雰囲気を演出します。そして、手作業による美しい模様を作り出す技法として、今でも多くの人々に愛されています。


まとめ
いかがでしたか。
今回は着物と行事、織物と染物をご紹介してまいりました。
着物を着ると背筋がピンと伸びて、気持ちが引き締まる思いがします。着物・織物・染物は、日本の文化や伝統を継承する大切な役割を果たしています。染物や織物の歴史は世界中で古く、その土地の植物や泥で糸を染め織る。そして、身近な家族の手で丁寧に作られたものを身に着ける。色や形、柄には意味があり、人々の生活を快適に心豊かにしてきました。
現代は、文化の発展によって、それぞれの国の持つ特徴が薄らぎ、世界中の人々が同じようなものを身に着けるようになりました。 着物や織物、染物を通して美しい日本の魅力を感じることができます。
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